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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)9077号 判決 1989年9月11日

原告 コンデ・ナスト・パブリケイションズ・インコーポレーテッド

右代表者 ハロルド・ジー・メイヤー

右訴訟代理人弁護士 桝田淳二

同 小泉淑子

同 鳥海哲郎

右桝田淳二訴訟復代理人弁護士 水野武夫

右鳥海哲郎訴訟復代理人弁護士 名取勝也

右輔佐人弁理士 島田義勝

被告 ヤング産業株式会社

右代表者代表取締役 久野宏

右訴訟代理人弁護士 大原篤

同 大原健司

同 播磨政明

同 山村武嗣

主文

一  被告は、別紙目録(一)記載の標章をベルト、バッグ、財布、定期入れ及び名刺入れ並びにそのタグ、包装、宣伝用カタログ、宣伝用チラシ及び宣伝用ポスターに付してはならない。

二  被告は、前項記載の標章を付したベルト、バッグ、財布、定期入れ及び名刺入れを譲渡し、引き渡し、又は譲渡若しくは引渡しのために展示してはならない。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告の営業

原告は、ファッション雑誌「VOGUE」を発行しているアメリカ法人であり、被告は、各種ベルト、財布、定期入れ及び名刺入れ等の製造、販売等を目的とする会社である。

2  被告の標章使用

被告は、その製造するベルト、バッグ、財布、定期入れ及び名刺入れ等に別紙目録(一)の(1)ないし(12)記載の各標章(以下これらの標章を総称して「被告標章」といい、その個々のものを「被告標章(1)」等という。)を付して販売し、また、これら商品のタグ、包装、宣伝用カタログ、宣伝用チラシ及び宣伝用ポスターに被告標章を付して展示又は譲渡している。仮に、右事実の一部が認められないとしても、被告が右商品に被告標章の全部を使用するおそれは大きい。

3  不正競争行為

(一) 原告の標章とその周知性

原告は、一九〇九年以来現在に至るまで世界各国において発行する原告の高級ファッション雑誌「VOGUE」の題号としてアルファベットの大文字で「VOGUE」と横書した標章(以下「VOGUE」標章という。)を継続して使用してきた。同誌は、フランス版、アメリカ版、イタリア版、イギリス版、オーストラリア版、ドイツ版等が日本、アメリカ等世界各国で発行されているが、その年間発行部数は約六七〇万部に達している。しかも、同誌は、その発行部数もさることながら、格調の高い世界最高の服飾及びファッション商品雑誌として世界的名声と権威を有し、各種デザイナーの必読誌とさえいわれているほか、一般の人にも愛読されている。

右のとおり「VOGUE」誌は、一九〇九年の発刊以来長い歴史を持ち、世界的に最高級のファッション誌としての権威と名声を保持してきたため、最高級ファッションの媒体、シンボルとして広く認識されるようになり、我が国においても、遅くとも昭和五五年ころまでには、「VOGUE」標章自体が最新、最高級のファッションをイメージさせるようになった。その結果、「VOGUE」標章を雑誌以外の商品に使用した場合にも、少くともその商品がファッションに関連した商品である場合には、その商品は、原告の商品又は原告とライセンス関係等何らかの関係がある者の商品であるとの認識を、広くファッション関連商品業界の取引者及び一般消費者(以下「需要者等」という。)の間に生じさせるようになった。同様に、「VOGUE」標章は、原告又は原告とライセンス関係等何らかの関係がある者によるファッション関連事業を示す表示であるとの認識も確立した。したがって、「VOGUE」標章は、遅くとも昭和五五年ころまでには、不正競争防止法一条一項一号にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」となるとともに同項二号の「他人ノ営業タルコトヲ表示」にもなり、その周知性を確立した。

(二) 被告標章の類似性

被告標章は、いずれも「VOGUE」標章に類似する。すなわち、被告標章(1)は、ローマ字の大文字で「VOGUE」と横書きして成るもので「VOGUE」標章と構成において同一である。被告標章(2)ないし(12)は、いずれも「VOGUE」の部分と「SPOR-TIVO」、「CASA」又は「SUNSEA」の部分を上下二段又は左右に分離し、一部のものについては更に「VOGUE」の部分のみを大きく(ただし、(11)は小さく)表示している。そして、「VOGUE」標章が、原告が発行しているファッション雑誌の題号として極めて著名であり、顕著な識別力を有するものであること及びそれ故に、商品表示、営業表示となりその周知性を確立したことは前記のとおりである。しかるところ、被告標章は、いずれもその構成が同一であるか、その中に著名標章である「VOGUE」の部分を含むものであるから、需要者等の注意は「VOGUE」の部分に集中し、同部分から「VOGUE」標章と類似の外観と同一の称呼、観念を生じる。したがって、被告標章は、それぞれ全体として「VOGUE」標章に類似するというべきである。

(三) 誤認混同と営業上の利益を害されるおそれ

被告は、前記のとおり被告標章を付したベルト、財布、定期入れ、名刺入れ及びバッグを製造、販売しているが、それらは、いずれもファッション関連商品である。そして、被告標章は、右のとおり、いずれも「VOGUE」標章に類似する。したがって、被告の右行為は、被告の製造、販売するこれらの商品が原告又は原告から許諾を受けて商品化事業を行っている者の商品であり、あるいは被告がそのような商品化事業を営んでいるグループに属するとの誤認混同を需要者等に与え、原告の営業上の利益を害するおそれがある。

4  和解契約違反

(一) 原告と被告の間には、かつて「VOGUE」標章の使用をめぐって紛争があったところ、昭和五六年二月二三日、原告と被告は、互譲により、(1)被告は、別紙目録(二)記載の表示(以下「本件和解表示」という。)を付したベルト、財布その他一切の製品を製造、販売しないこと、(2)ただし、ベルト、札入れ、パスケース等については例外的に同年五月末日まで製造、販売することを認めるが、同年六月一日以降はそれら一切を処分すること、との約定を含む和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。

(二) 被告標章は、いずれも本件和解契約によって使用を禁止された本件和解表示(別紙目録(二)の1、5)に該当するから(その理由については前記3の(二)参照。)、被告の前記2記載の行為は本件和解契約の約旨に反する。

5  商標権の侵害

(一) 原告は、左の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という。)を有している。

登録番号 第一六二九三一九号

出願日 昭和五二年一一月一七日

公告日 昭和五八年一〇月二日

登録日 昭和五八年一〇月二七日

指定商品 第二一類、バンド類、頭飾品、造花

登録商標 別紙目録(三)記載のとおり

(二) 被告の前記2記載の行為のうち、ベルトに被告標章を使用する行為は、本件商標権を侵害する。

(1) ベルトは本件登録商標の指定商品に該当する。

(2) 被告標章は、いずれも本件登録商標に類似する。

その理由は、前記3の(二)に述べたとおりである。

6  よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法一条一項一、二号又は本件和解契約に基づき、ベルトについては、さらに本件商標権に基づき、請求の趣旨記載のとおり被告標章の使用差止めを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、被告が原告主張の商品の商標として被告標章(6)及び(12)を使用していること、バッグの商標としては被告標章(1)も使用していることは認めるが、その余の事実は否認する。その余の被告標章は過去においてサンプル程度に一部使用したことがあるにすぎない。

3  同3(一)のうち、「VOGUE」標章が原告の発行する「VOGUE」誌の題号として継続的に使用されていること、同誌がフランス版、アメリカ版等により外国語で印刷して発行されていることは認めるが、その余は争う。

(一) 「VOGUE」誌は、一部出版業界ではファッション雑誌として知られつつあるかもしれないが、テレビ、ラジオ、新聞等のマスメデイアによる強力な宣伝等は一切なく、日本語版もなく、高価でもあるため、日本国内での発行部数はわずかであり(ちなみに、日本全国の一流又は有名書店一一〇〇店を通じて販売されている「VOGUE」誌の昭和四六年から昭和五五年の間の日本における月平均販売実績は、フランス版、アメリカ版を合せて約三〇〇〇部ないし四六〇〇部、一店当り平均四冊程度のものにすぎない。)、日本国内ではとても一般の人にも愛読されているといえるようなものではない。

そして、原告は、右のように外国語で書かれたファッション雑誌を販売しているにすぎず、自からはファッション関連商品を何ら製造、販売していない。「VOGUE」誌に掲載されている商品は原告の商品ではなく、そこに原告の営業が示されているものでもない。同誌は、ファッション誌として、現在流行しているファッション業界の各商品をその業界の会社の広告として掲載し、又紹介しているにすぎない。新聞が一般の公告を掲載するのと全く同一であり、「VOGUE」誌に商品が掲載されたからといってその商品が逆に原告と何らかの関係ができたりするわけではない。雑誌はあくまでも公告ないしファッション紹介の媒体にすぎない。したがって、「VOGUE」標章がファッション関連商品又は事業で使用された場合でも、原告又は原告とライセンス関係等何らかの関係がある者の商品表示又は営業表示として認識されることはない。

しかも、「VOGUE」というのは、元来、英語、フランス語で「流行」という意味であり、日本語でもその意味の普通名詞として使われている。のみならず、「VOGUE」又は「ヴォーグ」という表示は、日本国内においてこれを雑誌の商品表示と編物講座の営業表示として使用して既に著名性を得ている日本ヴォーグ社を始め多数の企業によって商品表示又は営業表示として使用されているし、「VOGUE」又は「ヴォーグ」の部分を含む結合標章は、日本有数の著名会社を含む極めて多数の企業によって使用されている。

したがって、「VOGUE」又は「ヴォーグ」が原告の商品表示ないし営業表示として自他識別力を獲得し周知性を確立する余地はなく、仮に、過去に周知性があったとしても既に希釈化している。

(二) 同3(二)の主張は争う。被告標章のうち少くとも(3)、(6)、(7)、(9)ないし(12)のものは、外観的にも「VOGUE」標章とは大きく異っていて、商品の選択、購入にあたり一般消費者に原告が販売する「VOGUE」誌を連想させるようなものではなく、出所の混同を伴うような類似標章とはいえない。

(三) 同3(三)のうち、被告の製造、販売しているベルト、財布、定期入れ、名刺入れ及びバッグがいずれもファッション関連商品であることは認めるが、その余は争う。

原告は、商品として外国語で書かれた「VOGUE」誌を販売しているにすぎず、他方、被告は日本国内で右雑誌とは全く無関係な大衆向けのベルト、バッグ等のファッション製品を製造、販売しているにすぎない。原告と被告は、何ら競業関係にない。また、前記のとおり我が国の一般消費者が「VOGUE」誌に接する機会はほとんどなく、被告標章をみて原告の「VOGUE」誌を想起し、それゆえに被告の商品を原告と関係のある超一流品ないし高級品であると考えて購入する者などはいない。被告の右商品に被告標章を使用しても、商品の出所や営業について誤認混同が生じるおそれは全くない。現に、被告は、「VOGUE」の文字を含む商章を多数出願しているが、そのうち既に公告に至ったものは四三件、登録に至ったものは三四件あり、それらは、いずれも原告の発行する「VOGUE」誌に関連した商品ないし営業と誤認混同されるおそれがないとして公告又は登録されたものである。そして、原告と被告は右のとおり何ら競業関係にないのであるから、被告の右商品の販売により原告の営業上の利益が害されるということもない。

4  同4(一)のうち、原告と被告が昭和五六年二月二三日に和解契約を締結したことは認めるが、その余は否認する。本件和解契約の対象となった商品は、「一切の製品」ではなく、バッグは含まれていないし、使用が禁止された表示も「VOGUE」標章と同一又は類似のもののみである。しかるところ、少くとも「SUNSEAVOGUE」、「CASAVOGUE」が「VOGUE」標章に類似しないことは前記のとおりであり、これには本件和解の効力は及ばない。

同4(二)は争う。

5  同5(一)の事実は認める。同5(二)のうち、ベルトが本件登録商標の指定商品に該当することは認めるが、その余は争う。

被告は、ベルトには被告標章(1)を使用していないし、その余の被告標章は本件登録商標に類似しない。本件登録商標は、著名商標とはいえず、被告標章中に「VOGUE」の部分を含むからといって、原告が主張するように需要者等の注意がこの部分に集中することはない。そのことは、特許庁の商標登録出願の審査実務によっても裏付けられている。すなわち、被告が第一七類について出願した「CASAVOGUE」の商標についての原告からの異議申立てに対し、特許庁審査官は、「VOGUE」の文字は英語、フランス語で「流行」の意味であり、元来ファッション界では誰でも使用してしかるべきものであり、近時雑誌名の一つとして知られつつあることは否定できないとしても、「CASA」にも独立の意味があり親しまれていることから、全体としては「ヴォーグの館」、「流行の家」程度の観念が生じ、これを指定商品に使用しても、「VOGUE」誌と関連ある商品であるかのような商品の出所について混同を生じるおそれはないと判断した。そして、原告の異議申立ては理由がない旨の決定をし、「CASAVOGUE」商標は登録になった。また、原告自身、「VOGUE」商標を第二一類(本件登録商標)と第二六類で登録しているほか、例えば第二〇類、第二六類に「CASAVOGUE」の商標を、第四類、第一六類、第二一類、第二二類に「L'-UOMO VOGUE」の商標を登録しており、「CASAVOGUE」や「L'UOMO VOGUE」は本件登録商標と別個独立の称呼、観念を生じると解している。

三  抗弁

1  本件和解契約に基づく請求に対し

被告は、本件和解契約締結時、実際には原告に被告が「VOGUE」標章又はその類似標章を使用することを差し止める権利は存在しなかったのに、これあるものと誤信していた。被告は、右誤信により本件和解契約を締結したものであるから、本件和解契約には要素の錯誤があり、無効である。

2  商標権に基づく請求に対し

本件登録商標には、以下のとおり登録無効原因又は取消事由があるから、原告が本件商標権に基づき被告標章の使用差止めを求めるのは権利の濫用であり、許されない。

(一) 「VOGUE」の語は、単に「流行」、「やはり」、「人気」等を意味する普通名詞であり、自他商品の識別機能を有しない。したがって、本件登録商標は、商標法三条一項三号により登録要件を欠き、無効にすべきものである。現に、被告がなした「VOGUE」商標の登録出願のうち、第二七類についての商願昭五四―八九二三八、第二二類についての商願昭五四―九七三三七の各出願は、右の理由で拒絶査定がなされたのである。原告の有する本件登録商標が登録されたのは、「VOGUE」の語が日本語として一般化していなかった昭和二九年に訴外小島株式会社によって出願された登録第四七三六三三号の商標の連合商標として出願されたからであり、しかも、右第四七三六三三号商標は既に期間満了により消滅している。

(二) 本件登録商標は、原告において継続して三年以上我が国でその指定商品のいずれにも全く使用しておらず、右不使用について正当な理由もない。したがって、本件商標権は、商標法五〇条一項の規定により商標登録が取り消されるべきものである。被告は、昭和六一年一一月一四日特許庁に対し右取消の審判請求をし、現在審理中である。

(三) 以上のように、本件商標権には商標登録の無効原因及び取消事由が存在するから、商標法が目的とする商標使用者の業務上の信用維持について、米国法人である原告は我が国における法的保護の利益を欠く。原告の本件商標権の行使は、結果として単に被告の営業上の信用を毀損することのみを求めるものであり、権利の濫用であるから許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  抗弁2(一)のうち、「VOGUE」の語が自他商品の識別機能を有しないため登録要件を欠き、無効とすべきものであることは争う。被告の主張は、「VOGUE」標章が原告の発行しているファッション雑誌の題号であり、かつ世界的規模で周知著名性を獲得していることを無視するもので、失当である。

同2(二)のうち、本件商標権につき被告がその主張の商標登録取消の審判を請求して現在審理中であることは認めるが、その余は争う。商標法における「商標の使用」とは、同法二条三項三号に掲げる行為をいうところ、被告は昭和六一年一〇月二〇日付け日経産業新聞に広告掲載を行うことにより、同号に定める「使用」に該当する「広告」による本件登録商標の使用をなした。また、原告による本件登録商標の使用が右時点までなされなかったのは、被告による「VOGUE」標章の不正使用の結果、商品流通市場において出所の混同が生じており、原告としてその対応に追われてきたためである。その被告が原告の本件登録商標の不使用を理由に権利の濫用を主張するのは失当である。

同2(三)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(原告と被告の営業)については、当事者間に争いがない。

二  同2(被告の標章使用)のうち、被告が原告主張の商品の商標として被告標章(6)及び(12)を使用していること、バッグの商標としては被告標章(1)も使用していることは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、被告は、被告標章(1)ないし(9)、(11)及び(12)を被告製造のベルトの表面やバックルに付し、又はそのタグ(下げ札)若しくは巻紙に付して販売し、又は被告のショールームのベルト展示台の立札若しくは化粧箱に使用していること、被告の会社案内のパンフレットの「商品化権取得キャラクターとブランドのご紹介」という欄には被告標章(10)が記載されていること、被告は、少なくとも昭和五六年二月二三日に原告との間で本件和解契約を締結する以前には、その製造、販売する札入れや定期入れ等に「VOGUE」標章を使用していたこと、その後も被告の製造するベルトのほか財布、定期入れ及び名刺入れに「SUNSEA VOGUE」や「CASA VOGUE」の標章を付して販売していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、被告が各種ベルト、財布、定期入れ及び名刺入れ等の製造、販売等を目的とする会社であることは前示のとおりであり、《証拠省略》によれば、被告は、人気キャラクターの商品化権を取得して商品化する事業を広く行っており、さらに被告商品を表示する独自商標として「VOGUE」標章に目を付けてこれを使用しようとした経歴があることが認められる。

以上の事実を総合すれば、被告は、その製造、販売しているベルト、バッグ、財布、定期入れ及び名刺入れ等の商品について、被告標章のうち前示のとおり現実に商標として使用していることが認められる標章以外の標章についても、原告主張の態様で使用するおそれがあるものと認めるのが相当である。

三  請求原因3(不正競争行為)について判断する。

1  「VOGUE」標章の周知性

(一)  請求原因3(一)のうち、「VOGUE」標章が原告の発行する「VOGUE」誌の題号として継続的に使用されていること、同誌がフランス版、アメリカ版等により外国語で印刷して発行されていることは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

原告は、一九〇九年にアメリカで「VOGUE」誌の発行を始め、現在では「VOGUE」誌は、アメリカ、フランス、イタリア、イギリス、オーストラリア、西ドイツで出版され、世界各国で販売されており、ファッション誌としては古典的かつ世界的な権威を持った有数の雑誌として広く知られている。日本でも昭和二八年ころから現在に至るまで右各国版が全国の一流書店等で発売されており、日本語版が発売されていないことや、価格が高価で日本での発売部数もそれほど多くはないという事情があるにもかかわらず、遅くとも昭和五五年ころまでには、洗練されたフランスやアメリカの最新のファッションを知ることができる高級ファッション雑誌として、ファッションに関心のある各種デザイナーはもとより、一般女性その他ファッション関連商品の需要者の間でも広く知られるに至っている。

以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、「VOGUE」標章は、原告の発行している「VOGUE」誌の題号として、日本国内のファッションに関心のある各種デザイナーはもとより、ファッション関連商品の取引者及び需要者の間でも広く知られるに至っているものであり、遅くとも昭和五五年ころまでには、原告主張のような意味で商品表示となるとともに営業表示となり、周知性を確立したものと認めるのが相当である。

(二)  被告は、「VOGUE」の語は、英語、フランス語で単に「流行」という意味であり、日本語でも普通名詞として使われていると主張する。しかし、「VOGUE」の語が「流行」という意味の英語、フランス語であることはそのとおりであるにしても、現在日本語としてそのような意味の普通名詞として一般的に使われていると認めるに足りる証拠はない。又、ファッション関係の分野でも「VOGUE」誌の題号と無関係に広く使用されていることを認めるに足りる証拠もない。したがって、英語やフランス語の「VOGUE」の意味が元来「流行」ということであるとしても、「VOGUE」標章が前示の周知性を獲得することの妨げになるものではない。

さらに、被告は、「VOGUE」又は「ヴォーグ」の商品表示ないし営業表示は多数の企業によって使用されているし、「VOGUE」又は「ヴォーグ」の部分を含む結合標章が多数の企業によって使用されていると主張する。しかるところ、《証拠省略》によれば、指定商品の商品区分で第一六、第一七類、第二二ないし第二四類について「VOGUE」、「ヴォーグ」又は「ボーグ」の文字を含む登録商標を著名企業を含む多数の企業が有していること、これらの登録商標の商標権者中には「株式会社ヴォーグ」等「ヴォーグ」の文字を含む商号の企業も存することが認められる。しかし、これらの商標又は商号の中でファッションに関係した分野で特に広く知られたものがあると認めるに足りる証拠はない。もっとも、《証拠省略》によれば、編物、手芸の分野では「日本ヴォーグ社」が昭和四〇年以来雑誌「編物ヴォーグ」を発行するとともに、専門図書を多数刊行し、また、編物教室・通信講座を開設するなどの活動を行い、右分野では広く知られた存在になっていることが認められる。しかし、同社の活動も編物、手芸の分野に限られており、広くファッション関係全般にわたっていると認めるに足りる証拠はない。したがって、右の「日本ヴォーグ社」の活動や、「VOGUE」又は「ヴォーグ」等の文字を含む登録商標、商号の存在も、前記認定を左右するには足りないものというべきである。また、被告主張の希釈化の事実を認めるに足る証拠もない。

なお、《証拠省略》によれば、「VOGUE」関連商標の商標登録出願過程における特許庁審査官による登録異議の申立てについての決定謄本、拒絶査定謄本、拒絶理由通知書等において、「VOGUE」の語は単なる「流行」の意味であり、商品の品質を表示するにすぎず、識別力が弱いとか、原告の「VOGUE」誌が著名とはいえないとかの判断が示されているもののあることが認められるが、右判断は前記(一)記載の各証拠に照らすと、妥当なものとはいえず、他には前記(一)の認定、判断を左右する事実を認めさせるに足りる証拠はない。

2  被告標章の類似性

被告標章のうち、被告標章(1)は「VOGUE」標章と構成において同一である。また、その余の被告標章は、いずれもその構成中に「VOGUE」の文字を含んでおり、そのうち被告標章(2)ないし(5)、(8)及び(11)については「VOGUE」の部分と他の「SPORTIVO」、「SUNSEA」又は「CASA」の部分とが上下二段になっており、しかも被告標章(2)、(4)、(5)及び(8)は「VOGUE」の部分が他の文字より大きく表示されているし、被告標章(6)、(7)、(9)、(10)及び(12)については、上下に分離せずに横書きされているものの、「VOGUE」の部分と他の文字の部分の間にわずかの間隔が空いていたり(被告標章(7)、(9)、(10))、「VOGUE」の頭文字の「V」の字がやや大きくなっていたりする(被告標章(6)、(12))ものである。したがって、被告標章(2)ないし(12)は、いずれも全体が一体不可分とはいえず、その構成中の「VOGUE」の部分を外観上他の部分から明確に区別して認識することができるものと認められる。しかして、「VOGUE」標章は、前示のとおり、ファッション関連商品の分野では強い識別力を有し周知性があるものであり、一方「SPORTIVO」、「SUNSEA」及び「CASA」の部分にはそれほど強く人の注意を引く意味があるともいえないから、被告標章(2)ないし(12)についても、その構成中の「VOGUE」の部分から「ヴォーグ」又は「ボーグ」の称呼を生じるものと認められる。そうすると、被告標章は、いずれも「VOGUE」標章と同一の称呼を生じこれと類似するというべきである。

3  誤認混同と営業上の利益を害されるおそれ

以上の認定、判断によれば、被告がその製造、販売する前記商品に被告標章を使用すれば、これらの商品は、原告又は原告から許諾を受けて商品化事業を行っている者の商品であり、あるいは被告がそのような商品化事業を営んでいるグループに属するとの誤認混同をこれら商品の需要者等に与えるおそれがあると認めるのが相当である。そして、そのような事態になれば、原告の営業上の利益が害されるおそれがあるものといわざるを得ない。

被告は、原告は「VOGUE」誌以外にはファッション関連商品を全く製造、販売しておらず、被告とは全く競業関係にないし、被告の商品は、「VOGUE」誌とは無関係な大衆向けのベルト、バッグ等でこれを原告の「VOGUE」誌にある超一流品ないし高級品と考えて購入する者はいないから、商品の出所や営業について誤認混同が生じるおそれはない旨主張する。なるほど、原告が現在日本国内において「VOGUE」誌の発売以外に何らかのファッション関連事業を行っているとか、近くそのような事業を開始する具体的な計画があるとかの事実を認めるに足りる証拠はない。しかし、前記認定の事実関係に照らすと、そうであるからといって、被告が前記商品に被告標章を使用した場合に先に述べたような誤認混同が生じるおそれがあることを否定することはできない。すなわち、現在多くの企業が多角経営を行っているし、ファッション関連商品の分野でも著名商標・表示による商品化事業は広く行われているところであるから、日本国内はもとより世界的にも著名な原告のファッション雑誌、「VOGUE」誌の表示である「VOGUE」標章がファッション関連商品の分野で使用された場合には、たとえ原告自身はその分野での事業に進出していないにしても、需要者等の間に原告と何らかの関係があるのではないかとの観念を抱かせ、いわゆる広義の混同を生じさせるおそれがあるものというべきである。そして、右のような誤認混同が生じれば、世界的に権威のあるファッション雑誌の発行者である原告の信用や名声を傷つけることになるおそれがあるから、営業上の利益を害されるおそれがあることを肯認することができるというのが相当である。

被告は、その出願に係る「VOGUE」の文字を含む多くの商標が公告又は登録になっていることを前記誤認混同のおそれを否定する証左として主張する。そして、弁論の全趣旨によれば、「VOGUE」の文字を含む商標の出願について公告又は登録に至ったものが存在することは被告主張のとおりであると認められるが、他方で右のような「VOGUE」の文字を含む商標の出願について、「VOGUE」商標との類似を理由に商標法四条一項一一号により拒絶されたもののほか、原告の「VOGUE」誌との混同が生じるおそれがあるとして同項一五号により拒絶された例も存在することが認められ、被告のいうように特許庁の商標登録出願の審査において右誤認混同のおそれを否定する判断がなされた例が存在することは、前記認定判断を左右するには足りないというべきである。

他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

四  以上によれば、原告の不正競争防止法一条一項一、二号に基づく請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野茂 裁判官小松一雄、同青木亮は、いずれも転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 上野茂)

<以下省略>

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